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sonyのwena3を買いました。時計側じゃなくて、バンド部分に機能を詰め込んだ(正しくはバックル部分)スマートウォッチ。

何というか『時計を確認するのにスマホを観るのを辞めたい』というのが動機で、スマートウォッチにすれば毎日時計する習慣つくかなと思ったのです。そもそもクソ気に入っていたfossilのjr-7791さえ壊れなければずっと時計してたんだけどね。

やー、時計すごい。スマホ見ないで時刻が判る。DJやるときに、PCの右下の小さな時刻を確認しなくていいwww。

僕は右利きなんですが、時計も右にしています。20代になってがすけつに指摘されるまで時計は左だって事を知らなかった。なんで右手に時計してるんだと記憶をたぐったら、父親の影響だった。

初めて腕時計をつけたのは確か高校になったとき。入学祝いに、父に腕時計をプレゼントされました。実は父親が左利き。少なくとも文字と箸は左。その父に腕時計をつけてもらったのです。なるほど右手になるわけだ。

さて、こうなると僕の腕時計が右手にあることは『いい話』になりそうです。これはそうそう直す訳にはいかない(直すつもりは無いけど)。そんな話をこの間実家に帰ったときに父に話したんです。ご飯食べなから。

『ほら、こんなところに親子の影響』が、みたいな話を聞く父の手には、僕と同じく箸を持つ手に腕時計が。。。。。。。




左手じゃねえか!!!



どうやら僕の腕時計が右にあるのは、親のおっちょこちょいが原因の様子です。(ある意味これも親子で似ている)




Twitterランドに吐き出したものの、これは後で読み返した方がいいなとおもったので。

個人的に思うんですが、どんなに正論でも相手の逃げ道を全封殺したり、徹底的に相手を貶める言い回しを多用したりする人は『現代の価値観に合わせた合理性』に欠いてるし、そんなんもはや正論でも何でもない風化した論法だと思うんですよね。

『風化した論法』っていう言い回しを使うのは、『2000年代は正論かざしていれば権力を殴り放題だったなあ』という事をなんとなく思ったので。
この感覚の変化が、実際に起きているものなのか、僕が年をとったからなのか、測りかねてはいるんだけど。

そもそも『正論』も人の価値観でしかなくて、人の価値観て文化によって醸成されるものだからやはり流動的なんだって事は頭においておきたい。

ってことをね、今ひろゆきさんやホリエモンさんが疎まれている状況を見て思ったんですよ。彼らは2000年代に『あの論法』で成功体験積んでるから、簡単に変えられないのでは。。と(これは僕の想像でしかないけど)



■uber eatsが嫌い
 uber eatsで働く人が嫌いな訳ではない。uber eatsが(正義にもとるという意味で)悪いとも思って居ない。単純に嫌いなのだ。どうもあれは、「uber eats」というブランドイメージだけを得て、本来ブランドイメージとトレードされるべき責任を個人に被せている様に思うのだ。
 あれ、よく考えればuber eatsが配達員個人や顧客とやりとりしている「信頼」は「個人と個人を結ぶ」に対するもので、「商品が確実に届く」「個人情報を守る」「顧客の財産を守る」に関してのブランドは最初から持っていないんだけど、この数年で「企業」というブランドにそれらがセットされてしまっていることが問題を複雑にしている。様に思う。
 経営者が、利用者が底まで考えているのかはしらない。多分僕の考えすぎなんだろうとは思う。ただ、この新しい商売がまた単純労働の賃金を安くして、労働者の誇りを奪っているのは僕の気のせいでは無いのではないかな。とかなんとか。
弱き者の誇りは奪うべきでは無い。それは正義では無いが、道徳であると僕は思う。

■one peaceが好き
 合っています。みんなが知っている、国民的アニメのアレなんですが、なんでか知らんけど、僕が尊敬する友達は大体アレが嫌い。わざわざ嫌いと公言してる人も居る。尊敬する人がその態度なので、僕もあまり大声で好きだと公言することはしない。
 最近まで、あれは「正義を再定義する物語」だと思っていて、その一点が面白くてずっと読んでいたんだけど、どうやらその考え方は違っていたことに気がついて。
 あれは最初から「正義」と「正しさ」を分ける物語だった。僕は40になるまで「正義」と「正しさ」がごっちゃになっていた事実に気がついたという。感覚的な話で説明できないんだけど「正義」と「正しさ」は別のもので、ここが分けられない人が「正しさ」を「正義」に無理に当てはめようとしている気がする。優しい人は正義が定まらない。それが悪い事だとは僕は思わない。


これ、24時間テレビがあるたびに話をしていて、どこまで誰にまで話したか覚えていないんですが24時間テレビというと思い出す話があって。
お昼時おなかが空いて、蕎麦屋に入ったんですよ。24時間TVがやってる時期だからやっぱり暑くて、さらっと食えるのがありがたいなあって。
蕎麦屋の店内ってだいたいフォーマットがあって、そのお店もたぶんに漏れず「昭和な蕎麦屋」って感じ。店内になぜかテレビがあって。そういやなんで大衆食堂ってテレビあるんだろね。そのテレビがやってる。あの、黄色いシャツの。愛で地球を救うとかいう番組。救うと言ってその実助けて終わりのあの番組。その番組がね、まあ、「寄付を集める」訳だから当然なんですが、難病の患者とか、DVに苦しむ被害者とか、こう、心に訴える感じのやつをやるんですよ。いや、悪くない、悪くは無いです。感動ポルノとかいう批判をするつもりもない。テレビはそれで飯食ってる訳だし、この番組によって「思いやり」みたいなのを知る人もいる。そこはわかる。
ただ、それを蕎麦屋やられるとつらい。なにがつらいって、泣いてるんだ。蕎麦やのおばちゃんが。二人とも。直接見えなくてもわかるぐらいにすすり泣いてる。そうだよね、つらいよね、かわいそうだよね。優しい人たちなんだろうな。とは思うのですが、なんというか、
おばちゃんたちがすすり泣いている場所で食う蕎麦は味がしない。
ものすごく気まずい。こんなところでご飯をたべてはいけない気持ちになる。というか蕎麦がおいしくても美味しいなんて思ってはいけない気持ちになる。「おいしい」なんて思ったら最後、「サライ」とかかれた棒で背中をつつかれるのだ。「こうしている間にもソマリアでは・・・」とか言うナレーションがどこからともなくとんんできそうな気がするのだ。なんならさっきまで泣いてたそこのおばちゃんが殴りかかってきそうな気がするのだ。サライ棒で。なんだサライ棒って。
こんなコロナ騒ぎの中でも、中だからこそ24時間テレビはやっている。毎年やっている、そのせいで毎年思い出すのだ。サライ棒もったおばちゃんを。だからなんだサライ棒って。


円蔵テクノ部の、月イチミーティングでささ木さんが教えてくれた『魔改造の夜』をうっかり録画し忘れる。Twitterでちょっと話題になった頭が4つあるわんちゃんが激走する頭おかしいコンテンツ。
録画忘れて観れないのかしら?って思ったらNHK+でなんとか見逃し配信できるなど。ありがてえありがてえ。色々言われてるけど個人的にはNHK容認派です。むしろ国営化しちまえってくらい(さすがによくなさそうだけど)
視聴率、スポンサーに囚われるとロクなもん作れねえのはもはや衆知の事と思ってるんだけどどうかな。クラッシックや能みたいな伝統芸能から、eスポーツみたいな『これから』のコンテンツを支えられるのはNHKみたいな体制が必要なのでは。と思って毎月の視聴料払ってます。
魔改造の夜は『頭おかしいなあ』と思いながら観てた。これもホコタテみたいにあんまりやり過ぎるとつまんなくなるんだろうなあ。


    
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