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マウスである。ネズミの事では無い。アルジャーノンでもウフコックでもなければ、いたずら好きの茶色でもない。トッポジージョはドコまで通じるだろうか。それもあまり関係ない。

先に言っておくと、これからする話は比較的どうでもいい、役に立たない話である。って書いてから、僕の話は12割ぐらいどうでもいい話だなって思った。

言いたいのはコンピューターに使うマウスだ。これでもまだ何を言ってるか判らないと思う。説明が果てしなくめんどくさいが「光学式じゃない方のマウスの話」だと言えば、比較的通じるだろうか。かつてはマウスといえば底面にボールを持ち、このボールの転がりを検知して、カーソルを動かしていたのだ。それが今や「光学式」に取って代わられ「マウス」と言うともはや光学式を指すことになってしまった。これによりもともとあった「ボールを使っていたマウス」は「じゃない方マウス」になってしまった。

「じゃない方マウス」の受難はこれに止まらない。実は「ボールを使ってるマウス」は最近では「トラックボール」を指している事がある。Amazonを調べると「トラックボール式マウス」なるものがゴロゴロ出てくる。これも不幸である。元々はポインティングデバイスとして雌雄を争っていたトラックボールは、世の中からマウスよわばりされているのだ。「ファミコンのプレイステーション」って言われてる気分である。ねえ、今どんな気持ち?

よってますます「じゃない方マウス」を言い表す言葉は厳格化を極める。何よりの不幸はその状況を「誰も不便とは感じていない」事にある。たまには思い出してやって欲しい、歴史に消えた「じゃない方マウス」の事を。

余談だけど、無線式のマウスって、由来から考えたら尻尾を切られていると思うんだけど、これについて動物愛護団体的にはどうなんすかね(果てしなくどうでもいい話を続ける)



ある日母が言った「私が死んだら骨を海に投棄してほしい。なんか、手続きしたらできるから」。そうか、母もそんな歳なのか。考えてみたら僕もそこそこの年なのだ。一昔前だったら完全に若者からバカにされる中年おじさんのポジションなのだ。なんでみんな遊んでくれるのか。ひょっとすると裏で僕をせせら笑ってるんじゃないのか。そう思うと軽く死にたくなるのでこの話は辞めたい。今すぐに。そして永遠に。


遺言の話である。海に骨を撒いてくれというのは、まあ、よくある。言ってしまえば凡庸な願いである。ただ、手続きが要るというのは初めて知った。そう言えば火葬場で焼いた骨だって立派な死体である。なる程、死体遺棄になるのか。では死体から切り離した爪はどうだろう。例えば、通夜で別れを告げる父の小指の爪がみっともなく伸びている。それはもう我慢できない位に。それを切り離すと罪になるのだろうか。なるのだろう。何せ灰ですら死体遺棄なのだ。 


遺言の話である。遺言は他の、どうでもいい願いとは違う。いまわの際の願いである。これは聞かねばならない。なにせ、その願いを最後に、彼の、彼女の願いをきくことはできないのだから。


それって、どこまで?


はたと思う。遺言はどこまでなら聞けるのか。聞いてもらえるのか。例えばだ、例えば、犯罪は無理である。当然だ。


「私が死んだら憎い旦那も殺してほしい」


ムチャクチャだ。死んだ奴の為に一生のリスクを負うなんてまっぴらごめんだ。どんな弱みを握られたんだ。というか、弱みを握った奴は草場の影じゃないか。言うことを聞く必要すらないじゃないか。


「私が死んだら、遺影を松方弘樹にしてほしい」


だめだ。なんか、ギリギリだめだ。松方弘樹だからだめだという訳でもないが、第一、誰の通夜だかわからない。通夜に来る人が入り口まで来て「あれ?松方弘樹って死んでたっけ?」ってなる。僕はいちいち「死んでますよ。それも、2年前にね」と断らなくちゃいけない。その説明をした上で、遺影が松方弘樹なだけで別な人間の通夜であることを説明しなくてはいけない。なまじ、松方弘樹が死んでるせいで説明がめんどくさい。たとえ遺言でもこれは聞き難い。


「遺影をsnowで盛ってくれ」


これならどうだ。しかも、ギリギリありそうだ。死んだ時の遺影ぐらい格好良くしたい。というか、普段からsnow使っている人はむしろそうしたいんじゃ無いのか。もう、盛りすぎるぐらい盛っていきたい。本人だと判るギリギリのラインまで盛っていきたい。


弔問に来た奴が、記帳を済ませ、棺桶の前に行って手を合わせる。ああ、アイツも逝ってしまった。何だかんだでダメな奴だったけど、憎めなかったなあ。なんて思いながら顔を上げ、遺影を見る。違和感がある。あいつ、こんな器量よかったか?ちょっと申し訳ないけど遺体を見る。そして納得する。そうそう、そうだよ、これぐらいの感じだったよ、ああ、安心した。他人の葬式来ちゃったかと思ったよねぇ。と、改めて遺影を見て、やはり違和感。なんだ?何が違う?言われて見ればこの遺影もアイツだ、死んだアイツに違いない。目の前に転がっている死体もアイツだ。アイツなのに、何かが違う。アイツがアイツでアイツが俺で。死んだのだーれだ?俺かー!?と、弔問した奴が首を捻りながらお通夜を後に出ていくのだ。是非やりたい。僕の遺言はこれにしよう。という話しを母にしたところ母に殴られた。グーで。



金曜日の段階で、細君が「渋谷スクランブルスクエアがまだ予約できるみたいなんだけど」と言うので調べたら本当に行ける。年内はちょっとむつかしいんじゃって思ってたのでこれ幸いと行ってきました。

バカと何とかは高いところに集まるってね。

行ってみると、駅から地下でつながってるオシャレショッピングモールでした。ヒカリエの隣かな。まだ結構混んでて、屋上に上がるための受付にたどり着くのが大変。スタッフが「エレベーターよりエスカレーターのが早いですよー」と言って回るくらい。ちょっと、災害時の避難経路が気になる混み方だった。

予約取っていたので、14階についたら割とスムーズに屋上へ。これが、凄い。当たり前だけど空が見えるそして視界を塞ぐものが(人以外)何もない。

屋上なのでど真ん中にヘリポートがあるんだけど、そこをすこし小高くして人工芝にしてあって、ちょっとした広場きぶんでまたきもちいい。

東京タワーとか、スカイツリーってなんやかんや天井ありますからね。それが無い。あと、東京でも新宿でもない、渋谷ってのが新鮮でした。



土曜日は #二水_茶箱 のスペシャルライブ「all you need is live 3」。隔月でやってる#二水_茶箱 の余剰金、一年間で少しずつ貯めたお金で、茶箱で無料ライブイベントをやりました。これが、始めるまでが大変で。まず、開始時に居たメンバー、①ここう②螢屋③無限軌道④足止め。のうい、②と④が音信不通に。螢屋さんに至ってはライブやると言っていたのに、できるかどうかも危うい感じに。てか、スタッフ二人はさすがにきついから、カウンター業務を誰かに頼まなきゃいけない。どうすんだこれー!!更に前日になってライブを頼んでいたelectricsoundkitchenのホソダだんが風邪で倒れ、いよいよ持ってピンチでした。無限さんの尽力や、ちゃきさんのお手伝いが無かったらホントグチャグチャでした。。

そんなイベントだけど、始まってみるとオファーしたメンバー全員格好良いし、みんなで持ち寄った機材のセッションも楽しかったし、やってよかったなあ。と。

実のところ、曲を作れていない、作ってもライブはやらない僕の、シンセ界隈での立ち位置って微妙だと自分では思ってて、そんな実績の無い僕が、シンセ中心のイベントをやることに自分で引け目があったりして。それでも、いろんな場所から集まってくれた人が、ここを起点や契機にして繋がったり、仲良くなったりしてるのを観ると、やってよかったなあって思います。

僕自身が赤点でも、僕が居た事で誰かの人生に加点されるなら、僕が居る価値は有ると信じてます٩( 'ω' )و



時代は移り変わり廃れゆく道具というのがございます。例えば缶切り。取っ手を引っ張って開けるいわゆる「パッ缶」の登場により、キコキコ開ける缶切りはスッカリなりを潜めました。昔の漫画で「缶詰めはあるけど缶切りが見つからない!」みたいなギャグがありますが、今の若い子判らないんじゃ無いですかね。

同じように最近めっきり登場しないのが「栓抜き」。最近は、ひねって空けるアレ(名称不明)が全盛でめっきり姿を見ません。うちにあるのはコルク抜きと一緒になったやつですけど、栓抜き部分の登場機会はコルク抜き以下です。「レコードとCDは使うけど、カセット見ねえな」みたいな感じ。

まあ、今日、したい話は「使わなくなる、廃れて寂しい」みたいな話じゃなくて。名前が、その、ちょっと。

「栓抜き」は何を抜いてるのか。

いや、知ってる。瓶の口を塞いでる蓋、王冠である。英語でcrown-cap。なんだか変な感じ。被り物の二乗。王様キングス。なるほどその王冠を抜くのか。だけど待ってほしい。あれ「抜く」?「取る」じゃないの?抜くっていうのはなんかこう、穴に入り込むように塞いでるものを引っ張るイメージだ。王様は王冠を抜きますか?違うよね?。どちらかといえば、王冠から瓶を、もしくは王様の頭を抜くんじゃないのか。あれは『瓶抜き』じゃないのか。あれか?瓶の方がでかいから、小さい方の栓を抜くイメージになったのか。確かに、城ほどでかい王冠から王様をとる場合は「王様を抜く」でしっくりくる。王冠から抜かれた王様はきっと失脚。王様だーれだ?(割り箸を引く)。俺!!1番は5番と協力してスカイラブハリケーンをする!!みたいな感じで血で血を洗うゲーム・オブ・スローンズ。

調べてみたら、どうやらコルク抜きも「栓抜き」らしい。つまりきっと、むかしむかし、瓶の蓋がコルクだった時代は栓抜きと言えばアレだったのだ。つまり僕らの知るコルク抜きは「栓抜き科コルク目」だったというオチ。なるほどなー。ところで、僕らの知るあれは栓抜き科ナニ目なんだよ!!(スカイラブハリケーン)



    
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