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品川駅のサイネージ広告に「今日の仕事は、楽しみですか」ってサイネージディストピア広告を出した企業が叩かれてた話。まあつまり「仕事が楽しい訳ないのになんでそんなやりがい搾取みてえな広告出せるんだ」みたいな話なんだと思うんだど、これがネットで大荒れ。「仕事がクソ忙しいところにこんなのを見たら俺自殺するわ」なんて言う人もいて。まあ気持ちはわかるんだけど、個人的には「出した人が悪い」っていう流れはちょっと違う気がしたなあ。という話。

「世間とズレてる」っていう指摘は正しい。正しいのだけれど、実は「労働は楽しくないのが当たり前」みたいな空気になってる事の方が問題とするべきだったのでは。という話。僕の好きな友達の言葉で「いっぱい働いていっぱい使う」っていうのがあるんだけど、本当は労働ってこういう状態であるべきだと思うんですよ。ちょっと前に話題になった「いっぱい働いて、笑おう」みたいな。もちろん、結果的にその人の人生が楽しければ、仕事が楽しくなくても問題はないんだけど、「仕事に楽しみが見いだせる訳がない」みたいな状態がちょっと腑に落ちていない。

現状がそうなっていないのはなんでなんだろう。って考えると、思いつく原因が「平等な社会を目指したら、失敗も才能も個人の責任になり、結果、労働に対する不寛容を招き、労働がストレス以外の何物でも無くなった」になってしまう。

つまり「世の中公平なんだから、不幸な身の上に居るやつはそいつの努力が足りない」からの「金が得られる職に居ない奴は金を得る努力を怠っている」からの「金持っている、払ってるやつが偉い」っていう、クソ気味な価値観が常態化してしまっている。そうすると自分が労働側に立って、金を払っている奴に人としての尊厳を踏みにじられてても、怒りを覚えるどころか「それが正しい」まで考えてしまっているんじゃないのか。っていうのを、最近読んだ「実力も運のうち ~能力主義は正義か?~」から連想したんですよ。そりゃ「働いたら負け」っていうのも解るわー。っていう。

どうにかもうちょっと「働いている人への敬意を取り戻そう」って形にならないかなあ。とかなんとか。

相変わらず落ちない。



    
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